地域の富は、誰のものか――「コミュニティ・ウェルス・ビルディング」から見る地域経済のあり方

先日、千葉大で講義した際にお話しした「人を中心とした経済開発アプローチ」である「コミュニティ・ウェルス・ビルディング(Community Wealth Building」について解説します。
江口晋太朗 2026.07.21
誰でも

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少し前の話ですが、5月29日に千葉大学で講義をする機会がありました。日本生協連の千葉大寄付講座「非営利市民事業と協同組合」の授業の一環として、ゲスト講師の一人として、長らく大学生協に関わってこられた連帯社会インスティテュートの同期とともに登壇しました。講義には400人近い学生らが参加している授業で、タイトルからも地域活性の取り組みに関心がある学生さんらが集いました。講義が終わった後の質問などでも色々な質問やコメントをいただきました。

私からは、協同組合を深く知るきっかけとなった拙著『実践から学ぶ地方創生と地域金融』に触れながら、株式会社と協同組合との違いを踏まえつつ、地域経済の要である協同組合の可能性についてお話ししました。学生のみなさんにとって、協同組合は「生協で買い物をする場所」以上のイメージを持ちにくいかもしれません。けれど、地域経済という視点から見直すと、協同組合は「地域で生まれた富を、地域の外に流出させずに循環させるもの」として、いま世界的に再評価されている存在です。

講義では、漏れバケツ理論などを踏まえつつ、拙著で紹介した事例を紹介し、講義の最後には、具体的な枠組みとしていま世界で注目されている「コミュニティ・ウェルス・ビルディング(Community Wealth Building、以下CWB)」を紹介しました。今回のニュースレターでは、このCWBについて改めて解説したいと思います。というのも、ちょうどこの数か月で、CWBをめぐって歴史的な動きがあったからです。その動きとは、世界で初めて、CWBが一国の「法律」になったというものでした。

コミュニティ・ウェルス・ビルディングとは何か

コミュニティ・ウェルス・ビルディング(CWB)とは、病院や大学、自治体などの大規模な公的機関――地域に根を張って動かないという意味で「アンカー機関」と呼ばれます――の調達力や雇用、不動産資産を地域経済に意図的に組み込み、生み出された富が地域内で循環し、住民に還元される仕組みをつくる経済モデルです。地域内に循環・蓄積させることで、住民や地域社会が経済的恩恵を公平に享受できるようにする「人を中心とした経済開発アプローチ」といえます。

前号でも取り上げた労働者協同組合が「働く人が主体になる器」の話だとすれば、CWBは「地域が主体になる経済圏」の話です。グローバル化や外部資本への依存から脱却し、持続可能な地域社会を構築するためのアプローチとして、イギリスやアメリカで実践が積み重ねられてきました。

CWBは、主に5つの柱で構成されています。

1. 進歩的な公共調達(Progressive Procurement)

自治体や大学、病院などアンカー機関の年間予算を、大手企業や地域外の業者に発注するのではなく、地元の協同組合や中小企業、社会的企業に積極的に発注する仕組みをつくります。地元の企業や組織に優先的に発注し、経済の循環率を高める機能です。仕様や入札条件の工夫によって、公共のお金の「流れる先」を変える仕組みです。

2. 公正な雇用と労働市場(Fair Employment and Just Labour Markets)

もちろん、ただ優先的に発注するのではなく、例えば地産地消やトレーサビリティなど様々な観点を組み入れる工夫も盛り込まれています。また、地域企業に発注する条件として、生活賃金の支払いなどを求め、しっかりと地元に対して雇用や賃金に反映されているかもチェックされます。CWBの肝でもある地域住民の所得向上と労働環境の改善を促すことが本来の目的だから、といえるでしょう。

3. 多元的な事業所有(Plural Ownership of the Economy)

発注や仕入れ先においても、先にも触れたような大企業による独占を防ぐだけでなく、富が一部の株主だけに集中せず地域全体に行き渡るよう、協同組合や従業員所有型企業(EO)など、多様な所有形態のビジネスを支援・育成することも視野にいれています。日本でも、行政サービスの一部を非営利組織や非営利型の社団法人が委託事業を受けるのと似ているように、生協や労協などの協同組合、社会的企業など多様な企業形態(その背景にある、地域経済や地域の雇用、生活の向上等への寄与を踏まえたもの)を意識的に育てることを見据えています。

4. 土地・不動産の社会的に公正な活用(Socially Just Use of Land and Property)

土地や公共施設などの不動産を地域資産として捉え、投機対象にするのではなく、地域住民の利益やコミュニティスペースとして公平に活用します。コミュニティ全体で保有し活用するなど、地域資源をコモンズ化しながら、利益を地域に積極的に還元するような仕組みも導入する考えです。

5. 金融の力を地域のために(Making Financial Power Work for Local Places)

事業における必要な資金調達手段として、地域の金融機関などと連携し、地域で集めた資金が再び地域社会の課題解決やビジネス創出に投資される、金融の循環をつくります。先にも触れた、多様な企業形態、協同組合や社会的企業等への融資や金融的なサポートをすることで受注先事業を育てるのみならず、その取り組みによって地域の活力や地域内における経済的な恩恵を受けるように金融がコミットしていくものでもあります。

この5つの柱はそれぞれ単独では特別新しい話ではありません。公共調達の地域化も雇用促進も協同組合事業支援も、それぞれ個別でも語られているテーマです。CWBの本質は、これらをバラバラの施策ではなく、「地域の富の所有と循環」という一つの設計図に束ねたことにあります。

CWBについては、以下の資料などから詳細を知ることができますので、よければぜひご覧ください。

プレストンとクリーブランド――CWBを生んだ二つの都市

CWBが知られるようになったのは、イギリスの地方都市プレストンです。2008年の経済危機後、大型再開発計画が頓挫し疲弊していたプレストン市は、地元の公的機関6つと連携し、それまでわずか5%だった市内企業への調達発注を28%まで引き上げることに成功しました。この結果、2億ポンド以上の資金が地域内に留まり、プレストンは「最も住みやすい都市」の一つへと再生を遂げました。いわゆる「プレストン・モデル」です。

プレストンが参照したのが、アメリカ・クリーブランドの「エバーグリーン協同組合」でした。病院や大学などの強力なアンカー機関の調達力を背景に、貧困地域にリネンサービスや都市型農業などの労働者協同組合を設立し、住民に雇用と事業の所有権をもたらす取り組みです。「支援」ではなく「所有」を住民に渡すという考えがここにも根付いています。

日本でも、一部の自治体で公共調達のルールの範囲内で地元企業や協同組合が受注しやすくなるよう工夫するなど、日本版CWBと呼びうる試行が始まっています。生協や信用金庫、農協など協同組合セクターの歴史的な土台がある日本において、CWBは地方創生や地域内経済循環の新しいアプローチとして、十分に接続可能な考え方だと私は見ています。

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スコットランドがCWBを「法律」に――世界初の地域経済循環の制度化

ここからが今回いちばんお伝えしたいニュースです。

2026年2月、スコットランド議会は「コミュニティ・ウェルス・ビルディング(スコットランド)法(Community Wealth Building (Scotland) Act 2026)」を可決しました。国家レベルでCWBを法制化した、世界で初めての立法です。

この法律は、地域・地方経済における富の創出・循環・保持を促進することを目的とし、スコットランド政府に対してCWB推進の方針(ステートメント)の公表を義務づけるとともに、地方自治体には医療機関など公的機関と連携したCWB行動計画の策定・実施を求めています。条文には、公共調達のローカル化、土地・エネルギーなどの資産のコミュニティ所有の推進、空き地や荒廃地を地域の利益のために再生すること、地域のビジネス起業支援などが明記されました。

プレストン・モデルが「一都市の実験」だったとすれば、この法律はそれを国の義務制度に格上げしたものです。一過性の政策や首長の交代で消えてしまう取り組みではなく、政権が変わっても続く恒久的な枠組みとして、地域の富の循環を制度に埋め込んだことになります。

背景には、スコットランドの深刻な格差があります。上位10%が下位10%の200倍の資産を持ち、4人に1人が貯蓄500ポンド(約10万円)未満という状況のなかで、「経済成長の果実が地域と住民に届いていない」という問題意識が、党派を超えて共有されたのです。

もう一つ、注目しておきたい動きがあります。スコットランド政府が2026年6月に公表した国家気候適応計画の年次報告書(Scottish National Adaptation Plan Annual Report 2025–2026)は、このCWB法を、地域経済だけでなく地域の気候レジリエンス(気候変動への対応力)の向上にも関係する政策として位置づけました。

気候適応というと、堤防や排水設備、避難所といったインフラ整備を思い浮かべがちです。しかし、災害時に地域を実際に支えるのは、地域企業、ケア事業者、食料供給、交通、エネルギー、市民組織といった、日常の経済基盤でもあります。特に、近年では食料輸入やエネルギー問題が国際的にも注目があるなか、域外からの輸入ではなく国内、地域内で調達可能な状況をつくることが求められています。

地域の気候対応力は、インフラの強さだけでなく、生活を支える事業と資産が地域にどれだけ残っているかで決まる――地域経済の所有構造と気候レジリエンスを一つの政策として扱っているこの視点は、日本の自治体の気候適応計画にも十分応用できるはずです。たとえば、森林整備、住宅断熱、地域交通、食料供給、福祉、防災設備といった適応関連の事業を、地域企業や協同組合が受注・運営できる仕組みにすれば、適応投資と地域産業育成を両立できるのではないでしょうか。

日本でCWBは広がるか――着目すべき3つのポイント

では、日本でCWBは広がりうるのでしょうか。スコットランドの動きから、私は3つの着目点があると考えています。

第一に、「理念」を「義務」に変える制度設計です。日本でも地域内経済循環や域内調達の重要性は長く語られてきましたが、多くは自治体の任意の取り組みにとどまります。スコットランドは、方針の公表と行動計画の策定を法的義務にすることで、担当者の熱意や首長の任期に依存しない仕組みをつくりました。日本で言えば、公契約条例や中小企業振興基本条例の系譜を、より包括的な「地域の富」の設計図へと束ね直す発想です。

第二に、アンカー機関の再発見です。日本の地方には、病院、大学、JA、生協、信用金庫、労福協など、地域に根を張った組織がすでに厚く存在します。CWBの視点で見れば、これらは単なる「サービス提供者」ではなく、調達・雇用・資産・金融を通じて地域の富の流れを変えられる主体です。新しい組織をつくる前に、すでにある組織の「お金の流れ」を見直すこと。ここに日本版CWBの最初の入口があるように思います。

第三に、測ることです。プレストンの成果が説得力を持ったのは、「地元調達比率が5%から28%へ」という数字があったからでした。日本の自治体で、公共調達のうちどれだけが地域内の事業者(とりわけ協同組合や社会的企業)に向かっているかを把握しているところは、まだ多くありません。まず現状を測るだけでも、議論の土台は大きく変わります。

CWBは、資本主義を外側から否定する話ではありません。すでに地域にあるお金・資産・組織の「流れと所有」を組み替えることで、暮らしと生産と公共性を再接続する試みです。人を市場に合わせるのではなく、経済の器を地域と人に合わせて設計し直す――このニュースレターの軸にとって、まさに中心的なテーマとして、今後も追いかけていきます。

英国、住民によるパブ・店舗・公共施設の買い取りに6,100万ポンド

ここからは世界の取り組みからピックアップしてみました。CWBの第4の柱「土地・不動産の社会的に公正な活用」に直結する動きが、同じ英国から出てきました。

英国政府(住宅・コミュニティ・地方自治省)は2026年6月16日、閉鎖の危機にあるパブ、店舗、コミュニティセンターなどを住民組織が取得・運営するための「Community Right to Buy Fund」を創設し、6,100万ポンドを拠出すると発表しました。対象には、とりわけ条件不利地域のコミュニティが含まれます。あわせて、地方自治体と住民組織による課題解決を支援する1,500万ポンドの「Community Power Pilots」も示されています。

ここで注目したいのは、公共施設や商店の消失を「行政による保存か、民間事業者による継続か」という二択で考える必要はない、ということです。住民が所有主体になるという第三の選択肢が、地域政策として制度化されつつあります。地域資産を守る最も直接的な方法は、地域にその所有権を移すこと、これはCWBの発想そのものです。

日本に引きつければ、銭湯、商店、書店、映画館、集会所、旧校舎、地域交通の拠点などを対象に、自治体が取得資金・専門家費用・事業計画策定を一体的に支援する「地域資産取得基金」のような仕組みが考えられます。指定管理や補助金だけでなく、協同組合や一般社団法人、地域会社への所有移転そのものを政策手段として位置づける余地は、日本にも十分あるはずです。

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