生きることの、その先へ――「楽しむ権利」や主体性を獲得するケア・参加・所有について
先日、7月24日から上映が開始されたドキュメンタリー映画『Return to My Blue』を観てきました。重度の障害を抱え医療的ケアが必要な少年・少女たちが、沖縄の離島・無人島へ旅行しにいく様子を映像にした作品です。
重度の障害を抱え、ストレッチャーで寝たきりの生活をしていて、ちょっとした移動も本人だけではどうしようもない。そんな障害を抱えた人が、クルマではなく、飛行機に乗るのでさえもかなりの苦労がある。いわんや、島に移動し、そこで1日を過ごすなんて、普通に考えてできるわけがないーーそう普通は思うだろう。
作品のコピーにもある「人工呼吸器も、⾞椅⼦も、冒険を諦める理由にはならない。」は、この作品の根底のメッセージでもあります。
冒頭に出てくるかかりつけのお医者さんの台詞で「この旅行は、親が連れて行きたいのでは?」と話すシーンがある。親のエゴで、普通の子供のように楽しませたい、というある種の押しつけや無理強いがあるのではないか。そう思うのが普通かもしれない。しかし、少年は限られた意思疎通のなかで、明らかに「行きたい」と表現していたという。
観ながら、ずっと考えていたことがあります。障害や医療的ケアの必要を抱えた子どもたちにも、当然のことながら人権があります。そのなかには、安全に生きる権利だけでなく、人としてあらゆるものを楽しむ権利も含まれているはずです。
ツアーを主催する友人でもある加藤さくらさんは「命を繋ぐことはできるが、生きるって意味をどこに見出せばいいのか」と話します。
いまの日本の医療や福祉は、「生きることを繋ぐ」ためにできることを、着実に増やしてきました。それ自体は、間違いなく大きな達成です。けれど、生きていく上での尊厳や、人間としての楽しみを提供することは、果たしてできているだろうか。ケアを「命を維持するためのコスト」として扱う発想からは、無人島の海に入る少年・少女たちの笑顔は出てきません。ケアとは本来、その人が「その人として生きる」ことを支える営みのはずです。
折しも、濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』は「ユマニチュード」を基軸に、ケアや老い、死と向き合いながら、資本主義社会のなかに追いやられがちな人の尊厳を回復していこうとする姿を描く作品である。『ハッピーアワー』や『ドライブ・マイ・カー』をはじめ、濱口竜介監督のこれまでの作品を見てきた自分としても、原作からのインスピレーションでうまく作品としてとても良く仕上げた作品だと感じています。

作品としての完成度が高い『急に具合が悪くなる』と違い、ドキュメンタリーである『Return to My Blue』は、そこに映る子ども達が現在進行形でこの現実の社会のなかに生きていて、家族とともに様々な苦悩や葛藤のなかで生きていることをともに考えさせられる作品です。私たちが普段何気なくしている行動の一つ一つも、そこにある尊さを実感できるはずです。
都内では、新宿のキノシネマ、他、大阪、兵庫のキノシネマグループで上映中です。ぜひ、ご覧ください。
日本では、ケアのあり方や女性の尊厳、人権をめぐる議論が盛んになっています。そして世界に目を向けると、ケア、ジェンダー、マイノリティの参加をめぐって、「支援の量」ではなく「尊厳と主体性の設計」を問い直す動きが次々と出てきています。今回はそうしたお話を中心にお届けします。前号で取り上げたコミュニティ・ウェルス・ビルディング(CWB)とつながる話も多く出てきます。
ケアとジェンダー――「誰が担い、誰が決めるのか」
UN Women:ケア経済は「最も変革的な投資」
UN Women(国連女性機関)は、ケア経済を「最も変革的な投資」の一つとして位置づける発信を続けています。ケア経済はジェンダー平等と社会投資の中核として位置づけています。
ここで大事なのは、ケアを「福祉のコスト」としてではなく、労働参加、地域経済、民主主義、ジェンダー平等を支える社会基盤として捉え直す視点です。ケアを誰が担い、誰がそのあり方を意思決定するのか。日本に引きつければ、保育、介護、家事支援、地域交通、孤立対策を、「女性活躍」の文脈ではなく、地域の再生産インフラとして扱うべきだ、ということになります。
南スーダン:女性の土地権利と協同組合を「一体で」強化
Women's Peace and Humanitarian Fund(WPHF)の南スーダン年次報告(2026年3月)によれば、南スーダンでは女性の土地権利を支援する120の委員会が設けられ、女性主導の協同組合に対して、組織運営、事業管理、アドボカシーの研修が行われています。
注目すべきは、女性を個別の「受益者」ではなく、共同で資産を管理し、地域の土地政策へ働きかける経済的・政治的主体として位置づけている点です。女性の経済支援を職業訓練や少額融資だけで行っても、土地や設備の所有権がなければ、事業の交渉力も長期の安定性も高まりません。土地権利への参加と協同組合の形成を組み合わせることで、所得・所有・政治的発言力を一体的に扱っています。
経済的エンパワーメントとは、収入を得る機会だけでなく、資産を持ち、その利用ルールを決める権利によって成立する――この原則は、日本の農村や地域事業にもそのまま当てはまります。女性の「就業者数」だけでなく、農地・設備・法人持分、役員職、予算決定への参加まで把握し、設計する必要があるはずです。
世界銀行:女性の土地権――「女性活躍」より、所有権が経済構造を変える
上記のような話を世界銀行も発信しています。2026年4月に公表された「Secure Land Rights Unlock Women's Economic Potential」によれば、2015〜2025年度の土地関連プロジェクトで、640万人以上の女性が土地権の文書化などの恩恵を受けました。2030年度までには、さらに約690万人の女性の土地権確保を目指すとしています。
具体的な数字も挙げられています。モザンビークでは土地権取得者約68万6,000人のうち44%が女性、パキスタンでは登録土地の約31%を女性が保有、ラオスでは30万件を超える土地権利証の71%に女性の名義が含まれている、といった実績です。
ジェンダー政策は、日本でも世界でも、女性の雇用率、管理職比率、起業家数といった指標で語られることが多くあります。もちろん、それらは重要です。けれど、より根本にあるのは資産の所有権ではないか、というのがこの報告の投げかけです。
土地を持つかどうかで、信用へのアクセス、家庭内での交渉力、地域の意思決定への参加、そして長期的な投資判断のすべてが変わります。逆に言えば、所有から締め出されたまま「活躍」を求められる状況では、構造そのものは動きません。
日本では、まだまだ女性活躍という名で、労働市場における労働力確保にばかり目がいきがちです。一方、土地や家、建物といった所有、不動産といったものに対しては、男性優位な状況も多く、離婚や死別を機に女性が家を追いやられる話もいまだ残っています。農地、住宅、事業用資産、法人の持分。名義と決定権が誰にあるのかを問わないまま、就業者数や役員比率だけを追いかけていないか。所有の先には意思決定や主体があるはずであり、この所有という観点における指標もジェンダー政策の中に据え直す余地もあるかもしれません。
本ニュースレターでは取材や執筆継続のために、サポートメンバーを募集しています。サポートメンバーのご支援のおかげで、多くの記事を無料公開できる体制ができています。配信内容の品質や頻度を維持していくため、サポートいただける人はぜひともサポートメンバーの登録をお願いいたします。
民主的参加――「投票所を用意するだけでは、平等にならない」
英国:民主的参加の格差を縮める市民社会向け基金
英国政府は、市民社会組織が地域で行う、政治的に中立な民主主義教育・参加促進活動を支援する「Democratic Engagement Fund」を設けました。対象は、民主的プロセスに関する情報・自信・参加機会が不足しやすい地域や集団で、地域に根ざした(place-based)活動を通じて参加の障壁を下げることを目的としています。
民主主義への参加格差は、「関心の有無」だけから生まれるのではありません。時間、言語、教育、障害、移動手段、行政への不信、身近な相談相手の有無。こうした要因に対して、選挙管理機関や行政の広報では届きにくい人々に、市民社会組織の関係性を通じて働きかける発想です。一方で、公的資金を受ける団体の政治的中立性と活動の自由をどう両立させるかは、今後の検証が必要な論点でしょう。
日本でも、若者、外国人、障害のある人、子育てや介護の渦中にある人を対象に、図書館、NPO、大学、地域メディアなどが政治的中立を保ちながら、自治体制度や議会への参加を支援する基金は構想できるはずです。その際、参加人数だけでなく、初参加者率、継続参加、提案への行政回答、政策への反映まで追うことが重要になります。
所有と資産――前号CWBの「その後」に関連した取り組み
米国:コミュニティ所有を「投資可能な資産クラス」へ
Nonprofit Finance FundとJustice Capitalが公表した報告書『The Business Case for Community Ownership』(2026年4月)は、地域住民が不動産、事業、エネルギー設備などのビジョン・ガバナンス・利益を共有する「コミュニティ所有」を、投資・金融の観点から整理しました。アフォーダブル住宅、商業不動産、地域向け融資基金、クリーンエネルギーなど10件の事例を取り上げ、地域の意思決定力、小規模事業者の安定、資産と利益の地域内保持につながるとしています。
これまでコミュニティ所有は「住民が資産を持つ良い活動」として語られてきました。この報告は、それを融資、保証、劣後資本、長期投資の対象として説明しようとする試みです。ただし、金融商品として標準化するほど、返済可能性や投資規模が優先され、小規模・低所得の地域が再び排除される可能性もある。コミュニティ所有を広げるには、地域に資産を渡すだけでなく、地域所有に適合する「忍耐強い金融」をつくる必要があります。
日本でも、廃校、空き店舗、森林、住宅、再エネ設備の地域取得に対し、通常融資だけでなく、長期低利融資、信用保証、劣後資本、自治体出資を組み合わせる仕組み――そして担保価値だけでなく、地域サービス、雇用、住民参加、利益の地域還元を見る評価――が求められるはずです。
米国コネティカット州:Community Land Trustを住宅政策の正式な選択肢へ
コネティカット州住宅局の「2026-27年住宅・コミュニティ開発行動計画」は、低所得層向け住宅の新築・改修に加え、Community Land Trust(CLT)など、住宅を長期間手頃な価格に維持する所有モデルの活用を検討するとしています。土地を非営利組織や地域組織が保有することで、住宅価格の上昇を抑えながら居住者の安定を確保する考え方です。
住宅補助は、入居時点の家賃や価格を下げても、補助期間の終了後や転売時に市場価格へ戻ってしまうことがあります。CLTは、公的資金で生み出した「手頃さ」を、土地所有の仕組みによって将来へ残す方法です。住宅政策の公共性は、何戸を安く供給したかだけでなく、公的投資の便益を何世代にわたって残せるかで測るべきだ、という発想の転換がここにあります。
一方で、転売益を制限するぶん、居住者自身の資産形成の機会とのバランスをどう取るかは課題です。日本でも、観光地、都市中心部、団地再生地域などで、自治体や地域財団が土地を保有し、居住者協同組合や非営利住宅法人が住宅を運営するモデルは検討に値します。
ロックフェラー財団:農地・森林再生へ400万ドル――自然再生投資は地域を強くできるか
ロックフェラー財団は2026年7月、投資会社Alder Point Capital Managementとの連携に400万ドルを拠出すると発表しました。十分に管理されていない農地・森林を対象に、地域の農業者、林業者、土地管理事業者と協働し、土壌、水、森林の健全性を改善しながら農村経済を強化する構想です。
リジェネラティブ(再生型)投資では、土壌炭素や生物多様性の改善が注目されがちです。しかし、外部ファンドが土地を取得・管理する場合、土地価格の上昇、収益配分、農業者の裁量、地域外への利益流出が問題になり得ます。
再生型投資の公共性は、自然が回復したかどうかだけでなく、土地を管理する人々の所得・権利・意思決定力も回復したかで決まる。日本の森林や耕作放棄地、里山へのインパクト投資でも、土地の所有権・利用権の長期的な扱い、地域事業者の議決参加、管理業務の地域発注、収益の再投資、投資終了時の資産の帰属、文化的利用や地域慣行の保護――こうした点を、投資家と地域のあいだで明確にしておく必要があります。
「支える」から「主体になる」ために
今回取り上げた動きに共通するのは、支援の「量」ではなく、尊厳と主体性の「設計」を問うている点です。「守られる側」に固定されてきた人たちが、楽しみ、決定し、所有する主体になるための、具体的な仕組みの話です。
生きることを繋いだ、その先に何があるか。尊厳と主体性という運動をいかに広げていくかを常に考えながら行動していかなくてはいけません。そのためには、制度や仕組みそのものも柔軟に組み替えていく、まさにイノベーションを生み出す基盤が必要と言えるでしょう。もちろん、そのためには柔軟な考えや仕組みや制度もそうですし、私たち自身が無意識で生み出しているバイアス(アンコンシャスバイアス)にも目を向けていかなくてはいけません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。感想や「こういうテーマを扱ってほしい」というご要望があれば、ぜひ返信で教えてください。読者のみなさんの問いが、このニュースレターの次の一通をつくります。
「コモングッドをもとめて」では、取材やリサーチ、原稿執筆、時にはゲストフィー確保を通じて、より良いクオリティのニュースレターが配信できるよう、ぜひともサポートメンバーの登録をいただけると嬉しいです。サポートメンバー限定コンテンツも今後検討していきます。
「コモングッドをもとめて」へのご感想やご質問はTwitterにハッシュタグ「#コモングッドをもとめて」をつけてご投稿ください。また、このレターのリンク付きでご投稿いただけると嬉しいです。
すでに登録済みの方は こちら






