プラットフォーム協同組合主義はいかにしてネットワークを解き放つか #21

前回のニュースレターからプラットフォーム協同組合についてのシリーズ。今回はプラットフォーム協同組合という考えを牽引するトレバートレバー・ショルツ氏の論考をご紹介します。
江口晋太朗 2023.11.03
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前回のニュースレターからシリーズ化しているプラットフォーム協同組合について。今回も『Ours to Hack and to Own: The Rise of Platform Cooperativism, A New Vision for the Future of Work and a Fairer Internet』の論考の一部を翻訳掲載していきます。

今回は『Ours to Hack and to Own』の共著者であるトレバー・ショルツ氏の論考についてです。トレバー氏は、長年デジタル経済における労働について研究してきた人物で、『Uberworked and Underpaid: How Workers Are Disrupting the Digital Economy 』(2016年、未邦訳)にてウーバーで働く人達の労働問題について取材を重ねてきています。

トレバー氏は2016年に発表した「Platform Cooperativism vs. the Sharing Economy(プラットフォーム協同組合主義とシェアリングエコノミー)」でプラットフォーム協同組合という概念やその背景にある問題について提起した人物で、プラットフォーム協同組合というムーブメントを広げた第一人者ともいえます。

その後、トレバー氏はプラットフォーム協同組合についてのネットワーク「プラットフォーム協同組合コンソーシアム」の設立者および現在はコアスタッフとして、世界中のプラットフォーム協同組合に関わる人達のネットワークを構築する活動を行っています。

トレバー氏の最新著書『Own This! How Platform Cooperatives Help WW』

トレバー氏の最新著書『Own This! How Platform Cooperatives Help WW』

トレバー氏は最新著書『Own This!: How Platform Cooperatives Help Workers Build a Democratic Internet』(2023年9月)プラットフォーム協同組合を基軸に、いかに民主的なインターネット空間を通じて人間らしい働き方を実現できるか、データ民主主義に関する論考、プラットフォーム協同組合の立ち上げ方などについてまとめたを出版するなど、精力的にプラットフォーム協同組合についての発信を行っています。

そんなトレバー氏のプラットフォーム協同組合における意義についての論考です。

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How platform cooperativism can unleash the network(プラットフォーム協同組合主義はいかにしてネットワークを解き放つか)

トレバー・ショルツ

1998年、私はサンフランシスコのミッション地区にある小さな仏教寺院に引っ越しました。このコミューンの精神的な仲間たちは、私が貯めたお金でIBMのノートパソコンを購入することが理解できない、と言うのです。その理由は、コミュニティ内に共有のコンピュータがすでにあるから、というものでした。インターネットの社会的影響を研究している私は、1台のコンピューターを共同で使おうという提案に驚きました。それまでの私にとって、インターネットについて考えることは、個人の使用について考えることであり、共同で所有することではありませんでした。このエピソードは、真の共有文化とは、他の何かを共有するのと同じように、技術をも共有することでもあるということを教えてくれました。

過去5年間、「シェアリングエコノミー」の技術的な仕組みは時代の流れと深く共鳴していました。コミュニティ、活用されていない資源、オープンデータを重視した真のシェアリングエコノミーは、当初、企業の力に対抗する動きとして注目されていました。私の仏教徒の友人たちのように、シェアリングエコノミーの先駆者たちは、芝刈り機、ドリル、車などの使用を分割することを提案しました。しかしすぐに、プラットフォームサービスの根底にあるビジネスとは縁遠い思想が、シリコンバレーの中枢にいる人達によってその意味が書き換えられ、今や「シェアリングエコノミー」は誤った言葉になってしまいました。今日、シェアリングや仕事の未来に関するさまざまな予言に直面している私たちは、「社会のウーバー化」を推進する止められない発展ではなく、よりポジティブな選択肢を選ぶべきであるということを再認識する必要があります。

経済学者のタイラー・コーエン氏は『Average Is Over』(邦訳『大格差~機械の知能は仕事と所得をどう変えるか』2014年、NTT出版)で、ごく一部の「超実力主義」の人々が数百万ドルを稼ぎ、それ以外の人々は年収5,000ドルから10,000ドルの間で必死に生き延びようとする未来を予見しました。メキシコではすでにうまくいっている、とコーエン氏は言います。カール・B・フレイ氏とマイケル・A・オズボーン氏は、今後20年間で全職種の47%が自動化される危険性があると予測しています。Uberのトラビス・カラニック氏やAmazonのジェフ・ベゾス氏、CrowdFlowerのルーカス・ビワルド氏のようなプラットフォームを所有する者たちは、政府の規制や労働者の抵抗がなければ、過小評価されている労働者を単純に搾取してもよいというビジョンに対し一切の疑いがありません。ユニバーサルベーシックインカムが人生の機会を支える仕組みになると考えるポール・メイソン氏やカティ・ウィークス氏が提唱するポスト資本主義やこれからの労働の未来のビジョンについて、私も賛成するところです。 しかし、米国ではフィンランドとは異なり、このシナリオが今後2年間で現実のものとなる可能性は高くありません。問題なのは、伝統的なセーフティネットや週40時間労働、安定した給料が支払われる可能性が低いアメリカの労働人口の3分の1を占める不安定な人々に対して、今すぐに何ができるかということです。

今日のインターネットは、ARPA(編注:Average Revenue per Accountの略、1アカウントあたりの平均売上金額)が設計の根幹として行き渡っており、非商業的で分散型のポスト・スプートニク・ネットワークとは似ても似つかないほどのものになっています。私たちの娯楽の源、毎日の仕事のためにログインしているプラットフォーム、そして常に私たちをフィードバックループに引き込むアプリが、すべて少数の大金持ちの創業者や株主によって所有されているという事実が存在します。単純に言ってそれは、到底受け入れがたいことではないでしょうか。私が2014年に「プラットフォーム協同組合主義」という理論を提唱したのは、このような理由からです。オンデマンド経済の労働者は「ライオンのように生きろ」と言われています。しかし、自由度が少し上がった分だけリスクと厳しい試練が増えているだけです。オンデマンド経済の労働者の平均的な年収は7,900ドルで、このデジタル経済の中では多くの労働者がパートタイムで働いていることになります。Uberのドライバーによって市場からはじき出される人達はよく議論に挙げられますが、Uberのドライバーは大卒の割合が40%で、職を失う可能性のある旧来のタクシー運転手よりも白人の割合が高い、ということは軽視されがちです。

シェアリングエコノミーのビジネスモデルの多くは、法律を戦略的に無効化することを前提としています。企業は行政の規制や労働法を意図的に違反し、これにより競合他社を弱体化させ、一方で強固な顧客基盤を構築し、それによって自分たちに有利な法改正へと導いていくのです。企業はアプリを利用し満足しているユーザーをボトムアップ型で草の根の政治運動のように働きかけることで、結果的に企業にとって有利な方向へ向かうよう促しているのです。労働者や顧客にとっても、プライバシーは重要な問題なはずです。Uberは、通勤時間や一夜限りの関係など顧客の日常生活を分析し、顧客が最もサービスを利用するタイミングにサービスを利用しやすい値付けとなるよう調整しています。このような自由化された市場環境において、法的なグレーゾーンを回避するために見た目は従業員のような立場として振る舞わせつつも、実は個々において独立した契約者として扱っているのです。彼らはそこで働く人たちを「ターカー」、「ドライバー・パートナー」、「ラビット」と呼んでいますが、決して就労された労働者ではありません。インターネットというカーテンの後ろに隠れて、彼らを労働者ではなく技術者だと信じ込ませようとしていたのです。2000年から2010年までの10年間で、米国の所得の中央値はインフレ調整後で7%減少しました。2014年には、アメリカ人の51%が年収3万ドル以下で、そのうち76%が貯蓄をまったく持っていませんでした。1970年代以降、人々を直接雇用から遠ざけようとする協調的な取り組みを目の当たりにしてきました。その結果、独立した契約者の数が着実に増加しフリーランサーが増えてきました。低賃金の危機から生まれたデジタル労働もその一環です。

シェアリングエコノミーは、私たちに何をもたらしたのでしょうか? 消費者の利便性や少数者の短期的な利益を生み出す効率性を前提としたことで、社会福祉や環境の持続可能性の観点から見ても、資本主義は多くの人たちを社会からはじき出してしまうことを驚くほど効果的に証明しました。1886年のヘイマーケット暴動や1911年のシャツウェイスト工場火災後の抗議活動にまで遡る100年以上の労働争議の成果が、まるで一夜にして失速してしまったのです。1938年に制定された公正労働基準法は、従業員の数が急速に減少しているため、その効果は急激に衰えてしまい効力を失ってしまいました。

格差、賃金の低迷、権利の喪失といった21世紀の労働者に関するあらゆる問題のなかで最大の困難は、現実的な代替案がほとんどないように見えることです。しかし、選択肢はあります。私は4つのアプローチを紹介したいと思います。

最初の2つのアプローチは、企業のオーナー、および政府との交渉がうまくいくことが前提になっています。例えば、Domestic Workers Allianceは政治家がが自分たちが策定したガイドラインを承認し、プラットフォームの所有者がそれに従うことを期待してGood Work Codeを策定しました。シアトルではUberに税金を課し、ドライバーに組合結成の権利を与え、ニューヨークのビル・デ・ブラシオ市長はUberの車の数を抑制する試みを行い、サンフランシスコ市はAirbnbを規制しようとしています。3つ目の方法は、市場とは関係のないところに移すことです。ヨハイ・ベンクラー氏はこれを「非市場的な者たちによる生産」と名づけ、最も成功した例としてWikipediaを挙げています。そして、最後に挙げる4つ目の方法はプラットフォーム協同組合主義という考え方です。これは「自分が所有していないものを大幅に変えるのは難しい」という考えに基づいた社会組織モデルです。

私がプラットフォーム協同組合主義を考えるヒントとなったのは、ニュースクールで開催されたデジタル・レイバー・カンファレンスに依るところが大きかったです。このイベントは2009年に始まり、最近では2015年に「Platform Cooperativism(プラットフォーム協同組合主義)」をテーマに開催しました。当初、これらのイベントでは、イタリアの労働主義者、非物質的な労働、そして「プレイバー」(編注:playbor、遊びと労働のハイブリッド形態のことを指す)に焦点を当てた議論が行われていました。ブラク・アリカン氏、アレックス・リベラ氏、ステファニー・ローゼンベルグ氏、ディミトリ—・クレイナー氏などのアーティストが先駆的な役割を果たし、これらの労働問題を世間に知らしめました。その後、Amazon メカニカルタークのようなクラウドソーシングサービスやフィリピンのコンテンツモデレーションファームによってこれまで可視化されてこなかった何千人もの労働者たちが搾取されている「crowd fleecing(群集による搾取)」が問題視されるようになりました。こうした流れを受け、ここ数年、仕事の未来をより良くするための具体的な代替案を模索する動きが活発化しています。

プラットフォーム協同組合主義の理論は、「共同所有」と「民主的統治」という2つの主要な考え方を基盤としています。それは135年にわたる労働者らによる自治をまとめたもので、それは約170年にわたる協同組合運動の歴史とコモンズベースのピアプロダクションを通じて、既存のデジタル経済を埋め合わせするものなのです。「プラットフォーム」とは、私たちが携帯電話やコンピュータの電源を入れた後に、おしゃべりしたり、仕事をしたり、遊んだり、価値を生み出したりする場所を指します。「協同組合主義」とは、労働・物流プラットフォームやオンラインマーケットプレイスのオーナーシップモデルのことで、Uberのような存在を協同組合やコミュニティ、都市、もしくは創造的な連合体に置き換えるものです。これらの新しい組織体は、テクノロジーを創造的に再構築し、自分たちの価値を埋め込み、地域経済を支援するために運営されます。真面目な話、デンマークの村やテキサス州西部のマーファのような町が、自分たちなりのAirbnbを作れるのであれば、なぜシリコンバレーの50人ほどの人々のために利益を生み出さなければならないのでしょうか?次のシリコンバレーを目指して少数の者たちに利益をもたらすのではなく、これらの都市は共同プラットフォームの利用を義務付けることで、コミュニティにとっての利用価値を最大化することができるでしょう。

プラットフォーム協同組合は実はすでにいたるところで存在しており、「Fairmondo」のような協同組合が管理する仕事のマッチングサイトやマーケットプレイス、他にも、映画製作者とそのファンらが所有するビデオストリーミングサイトなどがあります。写真家はストックフォトの協同組合「Stocksy」を共同で所有し、サンフランシスコのマッサージセラピストはフリーランサーが所有するオンラインお仕事サイト「Loconomics」を立ち上げました。コーネル大学の学生たちは、ブルックリンのサンセット・パークにある低所得移民の人たちのために(そして彼らとともに)「Coopify」を設立しました。このプラットフォーム協同組合は、在宅医療の専門家や低所得の住民だけでなく、少しでもお金の余裕を作りたい年金受給者にとって魅力的な選択肢となるだろう。アメリカでは、毎年65万人もの人々が刑務所から釈放されていますが、なかなか仕事にありつけない彼らによって、尊厳ある仕事に就けることはとても有意義なものになるでしょう。スウェーデンのような国でも、ちゃんとした仕事を見つけるまでに8年もかかることがある難民にとっても、プラットフォーム協同組合は魅力的な存在となるでしょう。これらの仕組みを通じて労働者は連帯した仲間の一員になることができます。労働者はもはや、従属者として訓練されてきた古いシステムの病理を受け入れる必要はありません。

抽象的な原則に基づいてプラットフォーム協同組合を構築することに魅力を感じる人は少ないかもしれません。しかし、すでにコミットしている人にとっては、共通の原則や価値観こそが重要なのです。ロッチデール公正開拓者組合、アメリカ南部のアフリカ系アメリカ人の協同組合、スペインのモンドラゴン協同組合など、あらゆる種類の協同組合の設立は常に小さな勉強のようなものから始まっています。政治学者のエリノア・オストロムは「厳密な研究なしにオルタナティブを創造しようとするのは夢物語であり、虚しい希望である」と指摘しています。協同組合の文化について現実的に考えることはとても必須なものなのです。アメリカの協同組合の歴史から、私たちは協同組合がより安定した収入と尊厳のある人間らしい職場を提供できることを知りました。メーカーに必要な熱意は、懐疑的な学者と必ずしも相容れませんが、彼らの対話はとても重要です。例えば、ロッチデールの原則をデジタル経済のために書き換えることもできるでしょう。教育は、プラットフォーム協同組合主義に不可欠な礎です。

プラットフォーム協同組合は、次のような原則を考えるべきです。1つ目は、すでに説明したように、プラットフォームとプロトコルの共同所有です。2つ目は、プラットフォーム協同組合は協同組合で働くすべての人に所得の保障を与え、さらにできうる限りの高給を提供しなければいけません。歴史的に見ても、協同組合はそうした取り組みを実現してきました。イタリアのエミリア・ロマーニャ州では、従業員らが所有権を持つ消費者協同組合や農業協同組合を奨励した地域で、イタリアの他の地域よりも失業率が低いことで知られています。協同組合の代表格であるモンドラゴンは、2013年に74,061人を雇用した協同組合のネットワークです。しかし、アメリカではオレンジジュースの生産などの分野で圧倒的な存在感を示しているものの、協同組合モデルは多国籍企業の巨人との競争、世間の認知度、自己搾取、ネットワーク効果など多くの課題を抱えています。だからこそ、プラットフォームの協同組合は、サービスを提供したいコミュニティを研究し、それらが提供する価値を正しく理解することが不可欠なのです。

スノーデン時代のインターネットのブラックボックス的なシステムとは対照的に、これらのプラットフォームはデータの流れを透明化することで差別化を図る必要があります。顧客や従業員に関するデータがどこに保存されているのか、誰に販売されているのか、そして何の目的で販売されているのかを示す必要があります。プラットフォーム協同組合におけるあらゆる仕事や取り組みは共同で意思決定されなければいけません。そして、最終的にプラットフォームに参加することになるあらゆる人々は、そうした運営設計に最初から参加しなければいけません。彼らは、自分たちの労働環境に取り巻く様々な要素や仕組みを理解すべきなのです。保護的な法的枠組みは、団結権や表現の自由を保証するために不可欠であるだけでなく、プラットフォームを利用した児童労働、給料泥棒、恣意的な振る舞い、訴訟、LyftやUberのような企業が星4.5以下の評価になるとドライバーを「無効化」する「レピュテーションシステム」のような過度な職場監視を防ぐのにも役立ちます。クラウドワーカーは、匿名の委託者が投稿した謎のプロジェクトに貢献するのではなく、自分が何に取り組んでいるのかを知る権利を持つべきなのです。

プラットフォーム協同組合主義の核心は、特定のテクノロジーではなく、日々の暮らしのなかにある連帯によって生み出される政治性にあります。近い将来、私たちはウェブサイトやアプリではなく、5Gワイヤレスサービス(より多くのモバイルワーク)やプロトコル、AIと相対する必要が出てくるかもしれません。私たちは明日の労働市場のためにデザインしなければなりません。厳密な民主主義的議論が行われない中で、ネット上の労働に関する巨大企業たちは、私たちの目の前で未来の仕事のあり方を一方的に規定しようとしているのです。私たちは迅速に行動しなければなりません。ベルリン、バルセロナ、パリ、リオデジャネイロなど、すでにUberやAirbnbに対抗している都市とともに、私たちは「スマートシティ」や「機械の所有権」をめぐる言説に磨きをかけるべきです。そのためには、インキュベーターや小規模な実験、ステップバイステップのチュートリアル、ベストプラクティス、そしてオンラインの協同組合が利用できる法的な仕組みや型が必要なのです。開発者は、プラットフォーム協同組合のためにWordPressを作成し、地元の開発者がカスタマイズできるフリーソフトウェアの労働プラットフォームを開発することでしょう。結局のところ、プラットフォーム協同組合主義とは、単に破壊的な未来像に対抗するためのものではなく、テクノロジーと協同組合主義の融合を通じ、私たちの子供たち、その先にいる次世代の子ども達のために何ができるのかということなのです。

「How platform cooperativism can unleash the network」TREBOR SCHOLZ
CC BY-SA 4.0 DEED
by 『Ours to Hack and to Own: The Rise of Platform Cooperativism, A New Vision for the Future of Work and a Fairer Internet
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⚡︎news

健康やウェルビーイングを都市計画の中心にすべき理由

都市空間で暮らしている私たちにとって、大気や水といった生活に欠かせないものであることは誰もが理解するところです。

新型コロナが蔓延した際、都市空間における大気がきれいになり遠くの景色や空がきれいに見えた、という報告があったことを覚えている人もいるでしょう。19世紀当時にも、コレラや感染症が流行したことで、清潔な飲料水や下水、廃棄物処理を適切に対応することが健康な都市作りに欠かせないということも分かってくるなど、私たちの日々の生活と都市インフラの関係性については実感を持てるものだと思います。

そうした、都市空間と健康作りの関係性は、実は密なものであると理解しているのも関わらず、いざ、都市計画やまちづくりを考えるにあたって、こうした健康や人びとのウェルビーイングをきちんとくみ取って計画しているでしょうか。

現在、世界中の科学者たちが、近代的なインフラの建設や都市計画と日常的な健康への負担がどのような関係にあるかと調査しており、Guardianが取材した記事がまとまっています。新しい政策レビューを主導した研究機関ISGlobalのマーク・ニーウェンハイゼン教授は、次のように述べています。

「大気汚染政策は、往々にして法令遵守に重点を置き、病気を予防し健康を維持することが第一の目的であることを忘れ、技術的な解決策に頼りすぎ、自家用車の利用を公共交通機関や自転車、徒歩に移行させることで得られる健康上のメリットを見逃している」

ケンブリッジ大学のハニーン・クレイス博士は、都市計画や交通計画において人間の呼吸器系の問題に大きな負荷がかかっているとし、大気汚染を抑制することで人間の健康やウェルビーイングにも大きな貢献ができるという。そうした理由から、都市計画や政策の中心に健康やウェルビーイングを置くべきだと提唱しています。

英国で働く労働者達26万人を対象とした5年間の調査でも、自転車通勤者はマイカー通勤者よりも健康で長生きであることがわかったそうです。徒歩通勤者と同様、自転車通勤者も心臓病の罹患率が低いことが判明しています。

新型コロナをきっかけに、フランスでは「15分都市」というコンセプトが打ち出されました。パリ第1パンセオン=ソルボンヌ大学のカルロス・モレノ教授は、身体的な健康維持だけでなく、自動車の排気問題を抑制し、交通量の少ない都市デザインによって生活の質やウェルビーイングという研究成果を発表しています。

都市計画と健康という関係はたしかに大変興味深いテーマであるとともに、しっかりとしたエビデンスをもとに、より良い都市のあり方を多くの人達と議論すべきでしょう。

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📕topics

トクヴィルからファンダムへ、宇野先生と若林さんの対話から

政治学者の宇野重規さんに黒鳥社の若林さんが聞き手になってインタビューしたものをまとめた中央公論新社から発売された『実験の民主主義』。トクヴィルの流れからのアソシエーション、デジタル、そしてファンダムなどの話へと展開する内容で、宇野先生と若林さんの軽妙な掛け合いで話が進む本書は、中公新書としても新しい切り口での本になっているのではないでしょうか。

刊行に際して、宇野先生、若林さん、編集を担当された中央公論新社の胡さんらによるトークセッションした動画がYoutubeにあがっています。本書の内容にも触れながら様々な観点でトークを行っています。

トークセッションの内容を拝聴しながら、僭越ながら2年ほど前に私が取材されたインタビューでも、似たようなお話をしていたことを思い出しました。

上記のインタビューで、民主主義とファンダムについてや先に触れたプラットフォーム協同組合、民主主義と地域経済のあり方などに触れています。民主主義=選挙ではなく、民主主義による主体性と当事者性を持って物事にコミットする姿勢をいかにとるか、ということだと私も考えます。そうした意味で、プラットフォーム協同組合という動きは、本書にて議論されているようなテーマと呼応するものがあるのではないでしょうか。

社会への手触りをつくりだす、民主主義を生み出すデザインへ

デザインとソーシャルイノベーション、そこに民主主義を絡めた一般社団法人公共とデザインというチームがまとめた『クリエイティブデモクラシー』。本著ではソーシャルイノベーションのためのデザインはいかにして可能か、というテーマのもと、様々なリサーチや論考、国内外の事例や分析、フレームワークなどがまとまっています。

公共とデザインさんといえば、今年の春先に「産む」ことの向き合い方を問い直す展覧会「産まみ(む)めも」展を主催したチームでもあります。私も展示にうかがい、リサーチやアーティストの作品、展覧会に参加した人達のメモやコメントなどを現地で拝見しました。

デザインを考えるにあたり、一種のルールメイキングやプラットフォームそのもののデザイン、さらには、組織体系や組織運営そのものも一つのデザインといえます。そこにある目的性、さらに、そこに参加する人達の参加性をどう誘発するデザインができるか。表層的なものにとどまらず、そこで生み出される体験や人の行動、その先にある社会変革(=ソーシャルイノベーション)に向けていかに発展させていくかが問われてきます。デザインという観点から、民主主義を問う意欲的な一冊だと思います。

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🍹chatting

プラットフォーム協同組合についてのリサーチをするにあたり、2018年に編集した故・渡辺保史さんの遺稿本をふと思い出しました。

2013年に逝去した、情報デザインの第一人者である渡辺保史氏の遺稿である『Designing Ours「自分たち事」のデザイン』。お亡くなりになって今年で10年という節目でもありました。

本書のテーマである「自分たち事」というのは、まさしく民主主義の根幹として考えるべきキーワードにも思えてきます。

『Designing ours』では、渡辺さんがこれまで取り組んできた参加型、ボトムアップ型の活動を紹介しながら、その背景にある思想や考えがまとまっています。すでに、出版して5年が経つものの、今読んでも古びないその内容は、時折手にとりながら読みたくなるものです。

本はクラウドファンディングにて限定出版し、私の手元にも1,2冊くらいしかもはや残ってはいないので誰かにあげることは難しいですが、読んでみたいという方がいればご連絡いただければなにかしら調整したいと思います。

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