私たちの暮らしと自然の生態系とのちょうど良い関係とは #18
🌟point of view
気候変動に伴い、年々強大化する災害被害にどのように対処すべきなのでしょうか。気候変動対策が差し迫る昨今、災害リスクへの対応が都市政策レベルから私たちの日常レベルまで、様々に求められています。7月には、各地で大規模な大雨を降らせ、各地で甚大な被害が出たのは記憶に新しいはずです。
2021年の静岡県・熱海市で起きた土砂災害では、濁流が住宅地を飲み込むほどの被害をもたらしました。こうした土石流の原因を調査した県の検証委員会は、「地下水が流れ込む場所に排水対策などが不十分な不適切な盛り土が造成され、大雨でさらに地下水が浸透したことで土石流が発生した」と最終報告書にまとめられています。
この盛り土は、被害にあった住宅地に流れている川の上流付近の、伊豆山内に設置されたもので、山から河口の街へと土石流が流れて被害を及ぼしたものといえます。
地域を横断して考える「流域思考」
私たちが暮らす土地やその土地の中だけで物事が完結しているわけではなく、山や川、その他多くの自然の恵みを享受しながら生活をしています。そして、その山や川は上流から下流へ雨水を流し、最後は海へと流れていく、一連の生態系がそこには存在します。
一方、そうした山や川は我々は普段住んでいる自治体を飛び越えて複数の自治体を横断しながら自然の生態系が生息しています。けれども、私たちはついつい自分が住んでいる街や自治体の中だけにとどまった考えになりがちですが、こうした災害や自然現象を目の当たりにする度に、自然という大きな生態系のなかに私たちは生きているのだ、ということに気づかされます。
河川沿いの生態系一つとっても、河口付近と上流付近とでは状況は違うものの、上流で起きている出来事は河口付近にも大きく影響してきます。だからこそ、自然の維持管理やメンテナンスは、自治体単位ではなく自然の生態系の状況を踏まえたものにすべきで、時には複数の自治体を横断した政策や取り組みが必要になってくることでしょう。
そうしたことをまとめた本の一つに、「生き延びるための流域思考」という本があります。
河川を点ではなく面として捉え、自然保全や豪雨災害対策や治水、産業面などにおいて流域全体で思考していこうという考えをまとめたもので、長年、水土砂防災の理論や実践に関わってきた岸先生による著書です。
版元がちくまプリマー新書ということで、中高生にもわかりやすい内容で「流域思考」について学ぶことができます。
「土地の利用」に着目して考えてみる
昨今の土砂災害が発生しやすい背景には、自然の生態系の変化によって起きていることが指摘されています。また、浸水被害でも、浸水を受け止める土壌や森林が減少したことで、街なかに雨水が流れ出てきています。災害の被害規模が大きくなる背景には、豊かな自然の生態系を壊している土地の活用方法にあると言われています。
こうした、私たちの足元にある「土地」のあり方に着目しながら、生態系がもつ多様な機能を活用することで防災・減災に寄与する「Eco-DRR」(Ecosytem-based Disaster Risk Reduction)という概念に着目した取り組みが始まっています。
Eco-DRRとは、豊かな自然の恵みと防災・減災が両立するための地域社会実現のための研究で、国レベルでも現在議論が進んでいるものです。
そのEco-DRRの考えをもとに、私たちが暮らす地域の土地利用に関する総合評価した成果を示すサイト「J-ADRES」(「自然の恵みと災いからとらえる土地利用総合評価」を英訳した”Japan’s Assessment of land use based on Disaster Risks and Ecosystem Services”の略称)を、総合地球環境学研究所(地球研)が開設しており、サイト開発や制作に私も参画させていただきました。
▼J-ADRESはこちら

将来シナリオ分析から現在地を考える
Eco-DRRプロジェクト(リーダー:吉田丈人 地球研客員教授・東京大学教授)の研究グループは、2010年頃の土地利用のデータをもとに、様々なデータをもとに日本にあるすべての自治体の「災害からの安全度」と「自然の恵みの豊かさ」の2つの観点から総合的に評価するJ-ADRESを2022年に5月に公開しました。
「災害からの安全度」とは、今の土地がどの程度災害リスクから回避できているのかを、さまざまな指標をもとに算出しています。「自然の恵みの豊かさ」とは、生態系や自然の豊かさがどの程度あるのかを算出しています。
これらの二つの観点をもとに、将来起こるかもしれない災害からの安全度と生態系・生物多様性がもたらす自然の恵みの豊かさを総合的に評価し、土地利用のあり方を考えるための指針とするものを公開しています。
また、サイト内では、各自治体毎の土地利用における総合評価を行った図表の作成、レーダーチャートによる各指標の度合いを見ることができます。自分が住んでいる自治体や他の自治体がどのような状態にあるか、点検することができます。
さらに、今年の春にアップデートを図り、2050年の将来シナリオ分析を行いその結果を盛り込んだものを公開しています。
シナリオ分析では、現状のままで土地利用を行った場合と、災害をできるだけ避けるように土地利用を改善した場合の二つのシナリオを作成し、その違いを比較することができる仕様になっています。

特に、改善した将来では、災害リスクの軽減とともに、生態系サービスそのものが向上するといった結果がでています。ぜひ、J−ADRESSで自分の地域や関心のある地域のデータなどを見てみてはいかがでしょうか。
▼地球研のプレスリリースでも概要を知ることができます。
自然の生態系と私たちの暮らしとの関係性
災害に強くしなやかで自然の豊かさを享受できる地域社会は、いかにして実現できるのか。
そうした課題を、土地利用のあり方から考えるきっかけとしてのJ-ADRESです。
ここで示されたデータから見える景色は、これからの土地利用の政策について議論する叩き台になるはずです。それは、個々人レベルではなかなか実感を持つことは難しいかもしれませんが、自治体の政策レベルにおいてはとても重要な考え方です。行政関係者や都市開発などに携わる人にとっても見るべき価値のあるものではないでしょうか。
J−ADRESSは自治体単位での分析にはなっていますが、流域思考の説明の際に触れたように、一自治体だけで完結するものではなく、隣接した自治体や大きな自然の生態系で暮らす複数の自治体同士での横のつながりや連携が重要になってきます。
気候変動や温暖化といった大きなテーマだけでは、なかなかピンとこない人も、気候変動や温暖化によって脅かされる自然の生態系が私たちの生活にどう影響しているのかを体感しやすくなるはずです。
私たちのこれからの社会における共通基盤として、これらのデータや分析を活用し、より良いこれからの足がかかりにできればと思います。
なお、Eco-DRRについてや生態系と防災・減災について深く知りたい人は、地球研の研究者らがまとめた『生態系減災 Eco-DRR:自然を賢く活かした防災・減災』を読んでみると、より深掘りした内容を理解することができますので、ぜひご覧ください。

⚡︎news
大雨の被害を受けた秋田で起きている地域の伝統食の危機
2023年の7月、活発な前線の影響で東北北部を中心に雨が降り続き、秋田県ではわずか半日で平年の7月1ヶ月分の雨量を上回るほどの記録的な大雨となりました。
県内では、大雨で地盤が緩んだり土砂が流れ込んだ住宅で怪我をする人がでてくるなど、大雨による災害規模は年々拡大してきているようにも思えます。
先に紹介したJ-ADRESが示唆するように、現状の土地利用の影響は先々の地域に大きな影響を及ぼします。土地の活用方法によって、20年後30年後の地域の災害被害のあり方が変化してくるという想像力をいかに持つかが大切になってきます。
そんな秋田で、災害被害とは別に、地域の伝統文化である「いぶりがっこ」が危機に瀕しているというニュースが、昨年に話題になったのをご存じの方はいるでしょうか。
保存食である漬物はこれまで都道府県による届出制によって販売が可能でしたが、2021年6月に施行された改正食品衛生法により、漬物の製造販売が許可制になったとあわせて、衛生的な製造施設の整備が求められるようになっており、現在は経過措置の期間中。経過措置が終わるのは2024年の6月。それ以降は完全実施として規制が行われるようになります。
これまで、自家製の漬物を販売してきた農家の方々は「いぶりがっこ」の製造に対して抜本的な設備が求められており、その設備は100万円ほどかかるなど個人レベルでの導入には躊躇してしまう費用ということもあり、今回の法改正を機にいぶりがっこの製造を断念する人達が出てきているそうです。
上記の朝日新聞の取材でも、秋田県の直売所で漬物を売ってる農家さんへアンケートを取ったところ、回答した306人のうち「営業許可を取得する」とする人が57%(175人)、営業許可を取らず漬物販売から撤退するという人が35%(108人)、未定が8%(23人)となっており、3割から4割近い農家がいぶりがっこも含めた漬物の製造や販売を断念すると答えています。
2010年頃に発生した食品会社が製造した白菜の浅漬けによる大規模な食中毒などがきっかけで法改正へとつながったのですが、こうして漬物全般にまで規制が入ることで、個々の家庭の個性や地域の食文化が先細りすることへの懸念があります。特に、今回の大雨や災害被害によって、農家さん自身も被害を受けており、製造現場そのものも危機に瀕しているのでは、と考えてしまいます。
もちろん、漬物をきっかけとした食中毒や衛生面における規制は必要かもしれません。食の安全、人々の健康を守るという重要性も否定はできません。しかし、こうした規制が、画一化された食文化、個人レベルでの製造をできなくし、大資本など一定の設備投資ができる企業のみが製造するもののみが生き残るということに疑問も拭えません。
小規模な事業者に対して、自治体が柔軟な対応ができるようにしていきたい、と厚労省の担当者は回答していますが、どこまで現実的に可能かはまだ先行きの見通しは見えていません。現場からの声や農家自身からの声、こうした地域の文化を保全する側からも、一定の声や柔軟な制度対応ができるような意見はでてきているものの、いまだ現実的な落としどころが見えてはいないようです。
制度が完全に施行されるまで一年を切ったなか、行政などの対応とともに、現場の農家さんらもこれからどうしていくかが問われてきそうです。そんななかでのこの大雨による災害被害は、ますますこれらの対応を考える時間や手間を作ることが難しくなりそうで、こうした地域の文化的な資源をきちんと保全し活用するという議論や報道も、今のタイミングだからこそすべきだと感じます。
📕topics
私ごとなトピックですが、事実婚から約5年ほど経ったことについての取材記事が掲載されました。
事実婚に関しての取材だけでなく、個人と家族のあり方ということも取材のテーマになりました。
事実婚と夫婦の契約書を作成した2018年当時は同性婚の訴訟や選択的夫婦別姓の動きが出始めた頃で、事実婚でこうして契約書を作成し、顔出し名前だしでやっている人は少なかったこともあり、いくつかの媒体でも取材されました。
その頃に書いた契約書についてまとめたnoteは、今でも定期的にPVがある記事で、事実婚などのモデルケースがまだまだ少ないなかにおいて、こうして情報を出しておいたことで多くの人が学んだり理解を深めたりしていることを実感しています。
この5年の間に、私個人にも事実婚や契約書についての相談事も10件以上はあったでしょうか。みんな、それだけ、どうしてよいかわからない、けれども自分やパートナーとのあり方を自分たちになりに考えて行動したい、と思う人がいるのでしょう。
一方で、5年経ち多少の前進はしているものの、まだまだ状況が大きく変わっているとはいえない様子。しかし、社会は大きくはすぐには変わらないが、小さく、少しづつ、たしかに確実に変化が起きていることは間違いないです。
先日には、このgreenzの記事をもとにしたオンラインのトークイベントが開催されました。私もイベントに参加し、参加者らとともにさまざまな意見や考え方を知ることができました。こうしたイベントが開催され、20名近くの方が参加しているのをみるに、普通に暮らす人達も、これからのパートナーシップのあり方や家族のあり方について考える機会や場も増えてきました。
身近なところで、家族のあり方、パートナーシップのあり方、結婚とはなにか、といったことを考える対話の場が増えることによって、多様でそれぞれの人生や生き方を尊重する社会へと進んでいくのだと思います。
🍹chatting
6月の17日、ご縁あって女子プロレスラーのレジェンド・堀田祐美子デビュー38周年記念大会を観戦してきました。
プロレスの観戦自体が久しぶりでしたが、いざ観戦が始まれば声出しや合いの手も昔を思い出してすぐに出てきました。あと、女子プロレスの試合はテレビや映像では観たことありましたが、生の試合観戦は初でしたので、女子プロレスラーならではの演出や戦い方はとても新鮮。各試合ともに打撃も空中戦も迫力があり見応え抜群で、時折入れ込むギャグ的な笑いの要素などもとても面白く、各カードも堀田さんがセレクトしただけある組み合わせでした。

大トリは堀田祐美子・尾崎魔弓(こちらもデビュー37年のレジェンド)ペアと、女子プロレスラーの最前線を引っ張るエース・高橋奈七永と女子プロレスラー内でもトップクラスの人気を誇る安納サオリ ペアという組み合わせ。



試合内容も、レジェンド組による多彩な技の数々や場外乱闘やパイプ椅子を使った攻撃など、まさに試合運びそのものがベテランならではのもので、往年のファンにとっても楽しめた内容だったのでは、と思います。
子どもも一緒にプロレス観戦してて大丈夫かな?と思ったのですが、当の本人もなかなかに興奮して楽しんでいたようでした。

プロレスは、ただ試合をするだけでなく、その試合運びや技の応酬、プロレスラーと観客との一体感や声援も含めた一つの舞台芸術のようなものだと常々考えていて、まさに”プロレス”な行為というのは、AIではマネできない演出や舞台装置なんだと思っています。
改めて、プロレスという最高のエンタメを観戦し、また時間があればプロレス観戦に行けたらな、と思います。堀田さんみなさん、ありがとうございました。
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